充実人生コンサートの安納です。
第4回のコンサートでは、日本の
歌に加えてドイツ歌曲「菩提樹」
を演奏しました。
コンサートでは時間の関係で
解説しませんでしたが、今回、
この「菩提樹」について少し
書かせていただきたいと思います。
西洋歌曲に興味のある方は
ご存知でしょうが、「菩提樹」は
シューベルトの歌曲集「冬の旅」
の中の一曲です。
にもかかわらず、愛唱曲の
楽譜などにはドイツ民謡と
書かれていることがあります。
なぜでしょう。
日本でこの歌が歌われるように
なったのは明治の終わり頃からで、
「泉に沿いて繁る菩提樹」で
始まる近藤朔風の訳詩で有名です。
JJCコンサートの歌集にも
一部歌詞を載せておきました。
私事を言わせていただければ、
私の祖母が若い頃、この曲が
大好きだったようです。
小生は中学校の教科書でこの歌を
知ったのですが、祖母が歌う
メロディーとは少し違っていました。
子供心にも疑問に思ったのですが、
そのままになっていました。
ところが最近になって「冬の旅」に
関する本を読む機会があり、
やっとその経緯が分かりました。
「冬の旅」が作曲された後、
「ローレライ」で知られる作曲家
フリードリッヒ・ジルヒャーが、
原曲を大幅に編曲、というより
原曲のメロディーを主題にした
新たな曲といってもいいくらいの
「菩提樹」を発表しました。
原曲では1番から4番まで異なる
メロディーで、特に3番は、
1番、2番とはまったく違う
ドラマチックな旋律になって
いるのですが、ジルヒャーの
編曲では、すべて同じ
メロディーで、しかも一部
歌い易いように直しています。
結果、原曲のような深く重たい
曲ではなく、のどかで牧歌的な
歌になってしまい、ドイツ民謡
などとしてずっと歌い継がれて
きたようです。
ジルヒャーは原曲のイメージを
大きく壊してしまったことに
なるのですが、一方では、
そのおかげで「菩提樹」が広く
知られることになったともいえます。
今回のコンサートでは、少々
乱暴とは思いましたが、この
二つの「菩提樹」を同時に聴いて
いただけるような演奏にしました。
ピアノとドイツ語の部分は原曲に
近い楽譜で、日本語の部分は
ジルヒャーの編曲したものを
歌いました。
両者の違いを聴き比べていただき
たかったのですが、いかがでした
でしょうか。
ところで、日本で菩提樹というと
お釈迦様がその下で悟りを
開いた樹として知られています。
「冬の旅」の詩を作った
ヴィルヘルム・ミューラーは
「菩提樹」に何か宗教的な思いを
込めたのでしょうか。
答えはNOです。
実は、ここに出てくる菩提樹
(リンデンバウムLindenbaum)は、
お釈迦様が悟りを開いた樹とは
まったく異なる種類のものなのです。
お釈迦様の菩提樹は、和名で
インドボダイジュと呼ばれる
クワ科の植物で、熱帯地域にしか
ありません。
仏教が中国に伝わる時、当然
菩提樹も伝わってきたのですが、
この樹は中国では育たないので、
形の似たシナノキ科の植物を
菩提樹としたのです。
これがいま日本にある菩提樹です。
さらに、冬の旅に出てくる
菩提樹(リンデンバウム)は、
同じシナノキ科で和名をセイヨウ
ボダイジュ(セイヨウシナノキ)
という樹だそうです。
ヨーロッパでは、この樹を自由や
愛の象徴と考えています。
東洋の菩提樹が悟りの樹なら、
西洋の菩提樹は愛の樹なんですね。
次回は、原曲の「菩提樹」が、
歌曲集「冬の旅」の中で
どんな意味をもっているのか、
書いてみたいと思います。
参考文献:冬の旅 24の象徴の森へ(梅津時比古著 東京書籍発行)
充実人生コンサート
統 括 安 納 一 郎
〜白髪のテノール〜