【JJC通信】ワイン本読後感その①〔愛酵会No.4〕 

「愛酵会」部長という身に余る大役を
仰せつかり、自分が20年前の知識のままでは
錚々たる愛好家の皆様に失礼だろうと、
改めてワインに関する本を読んで時代に
少しでも追いつくことにしました。


これがなかなか面白く…。


とりあえず、最近読んだ
『イギリス王立化学会の化学者が教える
ワイン学入門』をご紹介します。


ディヴィッド・バード、
『イギリス王立化学会の化学者が教えるワイン学入門』、
2019年、エクスナレッジ



化学の専門家が、ブドウ栽培から
醸造・熟成・ボトリング・販売・テイスティングに
至るまで、ワインのすべての段階について
化学の立場から一般向けに解説した、
なかなか得難い本です。


著者はプロフィル紹介によると
「イギリス王立化学会公認化学者」で、
「分析化学者として食品業界で主に
ベビーフードやマスタード、フルーツスカッシュの
成分分析に携わったのち、ワインへの情熱が高じて
1973年にワイン貿易業に転身」、
マスター・オブ・ワインの資格も取得し、
ISO9000やHACCPの導入を目指すワイナリーを
指導しているそうです。


本文502ページという分厚い本で、
第1章がワインの起源を扱い、
第2章「ブドウ畑」、第3章「ブドウの成分」、
第5章「ブドウ果汁と搾汁方法」、
第6章「果汁調整」、第7章「発酵」
あたりまでは順当な章立てと言えるでしょう。


ワインは何よりも原料のブドウの質が
大切とのことで、「良いブドウからダメな
ワインを作るのは簡単だが、ダメなブドウからは
良いワインは絶対にできない」
という、
鋭い真実が語られます。


読んで思わず、過去30数年で出くわした
職場の困りもの上司何人かの顔が浮かびました。


その後は、第8章「赤ワインとロゼワインの醸造」、
第9章「白ワインの醸造」と続きます。


このあたり、ワイン入門本では必ず触れられている
トピックですが、さすが専門家だけあって
他の書籍が当然のように済ましているところを
詳しく解説しています。


今回読んでやっと納得できたのが、
ボジョレ・ヌーヴォーの作り方で必ず出てくる
「炭酸ガス浸漬法Maceration Carbonique」でした。


ネットなどでは一般に「ブドウを破砕せず、
充満する二酸化炭素と一緒にタンクの中に置いて
発酵させることで、フレッシュな香りと、
渋みが少ないのに濃い色合いを兼ね備えた
ワインが造られる。


通常のワインより短期間で造ることができるので、
解禁日の定められた新酒(イタリアのノヴェッロなど)の
醸造で使われることが多い。」と説明されています。


これは別に間違いではないのですが、
ブドウを果皮、種子、梗ごと発酵させる赤ワインとの
原理的な違いがよく分かりませんでした。


バードによれば、果皮が傷つくと通常の
アルコール発酵が始まってしまうが、
炭酸ガス浸漬法では、果実を丸ごと酸素のない
嫌気状態に置くことで細胞内の酵素が発酵を開始、
それによって果皮・果肉が柔らかくなり、
香り成分が染み出してくるのだそうです。


その後は酵母による通常のアルコール発酵に
移行するそうです。


第11章「木樽と熟成」では、熟成にとって
酸素が必須であることが語られます。


最近では、木樽を使わずにタンクで
熟成させるのに、微量の酸素を供給し続ける
「ミクロ・オキシジェナシオン」なる技術も
使われているとか。


「ワインの品質が目に見えて向上する」
のだそうです。


多すぎると酸化が進みすぎ、全然ないと
熟成しない…ワインを生かすも殺すも
酸素次第なのでしょうか?


第15章「添加物」では、二酸化硫黄が
酸化を防止するしくみや抗菌作用、
酸化酵素の活動を抑止する効果、
ワイン内での他の物質との複雑な
化学変化が解説されます。


このあたり、化学者ならではの詳しさ。


さらに、アスコルビン酸、ソルビン酸など、
時に成分表示でお目にかかる添加物の役割も
記されています。


終わりに近い第21章は、「テイスティング」と
題してテイスティングの手順や意味を説明しています。


「ワインを分析しながら味わうことにより、
個々のワインが持つ個性や特徴を系統立てて
把握できるようになり、ワインを
識別する力が身につく。」



とのこと。そして、


「テイスティングノートを書く目的は
主に2つある。ひとつは自分の後学のため。


もうひとつはほかの人に特徴を伝えるときの
参考にするためである。


ここで大切なのは、できるだけ簡潔ながらも
個々のワインの特徴を想起しやすい言葉で
外観や香りや味わいを表現することだ。


それにより情報が整理でき、あとで
参照するにしても、誰かと語り合うにしても、
はるかに有意義なものになる。」



と述べています。


「さまざまなニュアンスを感じ、
違いがわかるように味覚を鍛えるには
継続的な訓練が必要である。


熟達するにはそれなりに時間がかかり、
進歩がないような感覚に襲われたりもするが、
『継続は力なり』と言うことわざのとおり、
必ず報われるから地道に続けてほしい。」



という一文には、大いに励まされました。


まだ報われているとは思えませんが…。


著者はテイスティングノートの一つの手本として、
「系統的テイスティング・メソッド
(Systematic Tasting Method)」というものを
提案しています。


下の図の左が確認すべき項目、右の表現用語は
各自自由に変えて良いそうです。


「筆者の経験から言うと、最良の
テイスティングノートは得てして短くシンプルな
言葉でまとめられているものだ」とのこと。


「まるで11月の夕方に濡れたブーツを
ストーブの横で乾かしているような香りだ」
などというコメントは、
「決して真似しないでほしい」そうです。


ここで私が思い出すのは、2018年に
ティロル地方に旅した時のこと。


旅行会社の手違いか何かで、はからずも
ビジネスクラスになってしまいました。


ラウンジや機内のワインはなかなか品揃えが良く、
オーストリア・ワインの多様性と魅力を
味わえたのですが、メニューに記された
ワインの解説たるや、十数行の大半は
色の記述に費やされ、肝心の香りや味については
2行ほどしか記述がなく、タンニンは目立つのか、
フルボディなのかどうか、そんな基本的なことが
一切書かれていませんでした。


バード先生なら「不合格」のノートですね。




「上質なワインは口から出したのち、
あるいは飲み込んだのちに、
何とも言えない素晴らしい余韻が長く残り、
味わいと香りがゆっくりと調和を
保ちながら消えていく」



のだそうです。


皆さんはそんなワインに出会えていますか?


バード氏はワインのたしなみ方として、


「さまざまなワインを飲むこと。
日常的に飲むには手頃な価格ながら良心的に
造られたワインを。高価なワインは特別な日に。


または週末でもいいだろう。


そうすれば高価なワインならではの品質が
分かるようになる」



と助言しています。


私にどなたか資金をご提供頂ければ、
喜んで今週末からそうします!!

 
さて、ここまでは概ね良い話なのですが、
第13章「澱引きと清澄」、
第14章「酒石の安定処理」、第16章「濾過」
などを読むと、いささか複雑な気持ちになりました。


これは著者の論旨への疑問・批判ではなく、
世間に流行しているワインの造り方への疑問です。


これらの章では、ワインを清澄にし、
酒石の結晶もできないようにするための、
実にさまざまな技術・補助物質が紹介されています。


曰く、牛の血、ベントナイト(粘土の一種)、
シリカゾル、活性炭、フィチン酸カルシウム、
イオン交換法、メタ酒石酸、
カルボキシメチルセルロース、マンノプロテイン、
珪藻土フィルター、メンブレン・フィルター……。


著者が述べるように、できたワインに糖分と
生きた酵母が残っていると再発酵が起きてしまい、
最悪の場合瓶が破裂したりしてしまうため、
再発酵を防ぐための処理(加熱や濾過など)が必要だ、
というのは理解できます。


しかし、高額の資本、さまざまな最新設備と
化学物質、エネルギー、労力を投入して、
完璧に透き通ったワインにしないと
いけないものでしょうか?


果実味が凝縮されたフルボディの赤であれば、
くすんでいたり澱があったりしても、
逆にそれが優れた中身を
物語っているのではないでしょうか?


酒石については著者自身、本来結晶が析出しても
何の問題もないのだから、
手間をかけて除去するより、消費者に
「無害」だと説明する方が良い、と述べています。


つまり、現在世界中のワイナリーで行われている
作業のかなりの部分は、ワインの本当の質
(香りと味わい)とは無関係な「お化粧」であり、
その結果私たちは画一的な味のワインを
(無意味な手間の分の価格を上乗せされて)
消費させられているのではないかと、
納得できない気持ちになったのです。


事実、カリフォルニア・ワインのかの有名な生産者
ロバート・モンダヴィ(1913~2008)も、
大学卒業後父親のワイナリーで働くうちに、
過度の清澄や濾過に疑問を抱くようになったそうです。


世の価値観がちょっとでも変わると、
今度はまた別なタイプの技術で別なタイプの味わいを
強調したワインが氾濫するのでしょうか?


ノン! ワイン市場の時の恣意的価値観に
引きずられる消費者ではありたくない!


ステレオタイプの「きれいなワイン」より、
できれば、丹精込めて育てたブドウの良さを
100%引き出した、無骨でも個性豊かなワインを飲みたい!


―本書からそういう思いを強くしました。


その足でおデパに行くと、
「野生酵母使用・無濾過」と銘打った
赤ワインが誇らしげに立っており、早速手が伸びて…。


愛酵会 さき